ひとりの人間として
長崎平和祈念式典は毎年、原爆で亡くなられた方々の慰霊と全世界から核兵器を廃絶するようにとの訴えを続けてきました。
実は、この平和祈念式典を昭和23年に開催する許可を出した方が、アメリカから長崎に派遣されていた長崎軍政部 司令官 ビクター・デルノアさんだったのです。
アメリカ政府は当時、原爆に関する言論や出版に関する事は全て厳しく禁止していたなかでの祈念式典の実行でした。
その1回目の祈念式典のデルノアさんの原稿には「核兵器は人類を破滅に導く無用の長物である、二度と原爆を使っていけない」と、言っていただけではなく、被爆体験を書いた本の出版を政府に懇願もしていたそうです。
軍人でしかも司令官と言う立場にあるのにも関わらず、国策に逆らってこういう行動をした事は本当に考えられない事でした。
なぜ?そこまでデルノアさんが信念を貫いて動いたのか?
多くの原因があるとは思いますが、ドイツの戦場で見た酷い光景、それはナチスが行った虐殺でした。
それを見た時に衝撃を受け、そして独裁者からアメリカの正義で同胞を救ったと思っていたが、長崎に赴任した時にドイツでの光景と同じものを見ました。
「これが私の国がした事なのか!」と衝撃を受けたそうです。
その無残な光景を見て軍人と言う事よりも、ひとりの人間として長崎のために何かしなければと思ったのだと思います。
デルノアさんが言っていた言葉があります。
あの日の事を忘れない事が長崎のみなさんの使命です。
あの日、死んでいった人たちの思いを伝えて行く事が生きている私たちの使命なんです。
みなさん、亡くなった人たちに「決して、その死を無駄にはしない」と約束しようではありませんか。
二度と原爆を使ってはいけない。
アメリカから長崎に赴任した占領軍の司令官の方の言葉と言うより、長崎の現実を目の当たりした、ひとりの人間としての素直な言葉だと私は思います。
先日のミネタさんも、そうでしたが最終的には国や組織ではなく、ひとりの人間としての信念を貫く事をみせて下さいました。
私も、垣根なくひとりの人間としての自分に出来る事で信念を貫いて生きたい、そう思いました。