
2010年08月09日
知覧をたずねて(^-^)

昨日の日記です。
今日は長年、切望しておりました知覧へ伺いました。
終点のバス停「特攻観音堂前」で下車し、マイミクさんで「特攻の母」と言われた鳥浜トメさんの次女のお子さんでもある、赤羽潤さんのご紹介でトメさんが最後に営んでいた「知覧茶屋」からご訪問させていただきました。
早速、ご紹介いただいた知覧茶屋に着いてトメさんの長女のお子さんの鳥浜明久さんがいらっしゃるか、従業員の方にお聞きして初対面させていただきました。
知覧茶屋で「知覧茶そば」をいただき知覧特攻平和会館に行こうとしましたら明久さんが「石井さんに本当の特効隊員の真実の姿をお伝えしたいので平和会館に行く前にホタル館富屋食堂から先に私がご案内させていただきます」と言っていただいて、明久さんの運転でホタル館富屋食堂へ行きました。
著書「ホタル帰る」舞台になった、富屋食堂があった場所に新しく資料館として、鳥浜トメさんの次女の礼子さんと孫の久明さんが建てた特攻隊のみなさんの真実をご紹介し遺品を展示する個人資料館です。
国や行政からの寄付も一切なく、純粋に入場料350円だけで運営している特攻隊のみなさんの基地では見せなかった本当の姿を知る事ができる資料館です。
最初は明久さんがご説明をして下さり「石井さんゆっくり見ていて下さい1時間後にまた迎えに来ます」と言って外へ出て行かれました。
その後はひとりで隊員のみなさんの写真や遺書や遺品などを見ながらいろんな思いがこみあげてきました。
1時間ほど拝見していますと久明さんが用事を済ませて私を待っていて下さり「石井さん、これから実際に特攻隊のみなさんが出撃した飛行場の跡をご案内します」と言って下さいました。
そして車を走らせて、元司令部があり「別れの杯」をした場所に着きそこにある石碑の前でご説明をしていただきました。
更に移動して「ここが写真で、女学生が桜を振って見送っていた場所です」と聞き、あの写真と今の野原を見ながら心は当時にタイムスリップしたようでした、知らないうちに頬に涙が伝いなんとも悲しい気持ちになりました。
その間も久明さんは、特効隊員のみなさんが出撃されていった当時の様子をお話して下さいました。
「石井さんここの飛行場跡が一望できる、あの小高い丘の上までご案内しますよ」と目の前に見える小高い丘に向かいました、丘に到着すると強く気持ちのよい風が吹いていて、きっと戦闘機で飛び立った時にも、この風を感じたであろうと思いました。
丘の一番高いところから眼下に広がる知覧の街と遠く開聞岳を望み「この景色を特効隊員のみなさんは見ながら沖縄の空へ二度と帰れない出撃に出られたんだ」と思っていました。
久明さんが「あの開聞岳が特効隊員の方々が見た最後の日本の風景なんです」とご説明くださいました。
この景色を見ているだけで、私の涙はどんどんあふれ、手を合わせ、ただただ「ありがとうございました」としか言えませんでした。
決して、戦争を美化するつもりはありませんが特効隊員の方々が、ご自分の家族も愛する人もご自分の夢までも投げ出して、私たちの日本を、愛する人たちを守るために死んでいきました。
今日、私たちがこうして平和の中で生かされているのは、若く死んでいった多くの方々の「私たちが死んだあと、生き残った人たちにこの日本を平和な国にしてほしい」その思いがあればこそです。
久明さんは、トメさんと30年以上共に暮らしトメさんから多くの方々の真実を語り聞かされて育ちました、その思いを受け継ぎ、特効隊員の方々の本当の姿を現代の私たちに伝えるお役目を神様から与えられ、いまも多くの方々に伝える活動をされています。
久明さんから「石井さん、あなたはその体で生まれてきて、いままでいろんな事があったでしょう、でも特攻隊のみなさんは自分が死ぬのを知って出撃していきました、いま石井さんは生きています、だからこそ例えどんなことがあっても生きて、その活動をこれからも絶対に続けていって下さい、私も祖母の残した真実の思いを伝える活動を続けていきますから、お互いにこの日本をよくするために頑張りましょう」と言って下さいました。
そして、丘から開聞岳を見ながら明久さんが「こんなに綺麗な開聞岳を見る事ができるのは年に20日くらいあるかないかです、石井さんを今日ここにご案内して本当によかった」とおっしゃって下さいました。
丘を下って知覧特攻平和会館まで車で送っていただいて最後に両手でかたく握手をして「また、お会いしましょう、お互いに、この日本のこれからのために頑張りましょう」と約束をして別れました。
その後、トメさんが最初は落ちていた棒1本を立てただけの特効隊員の慰霊碑だったものが、トメさんの懇願でいまは特攻観音堂になりました、私は堂内で床に頭をつけ土下座して祈らせていただきました。
そして「この日本をよくするために散っていった多くの隊員の思いを受け継ぎ、私も自分の活動で何か、この日本がよい方に向かうため活動をさせていただきます」と祈らせていただきましたm(__)m
今朝、家を出てすぐに『虹』を見ました。
そして、全てを見終わって特攻観音堂前バス停に着くと並んでいた方々が「あ!綺麗な虹がかかっている」と、みなさんが嬉しそうに指をさしています。
私もそちらを向きますと、うっすらですが『虹』が特攻観音堂の上空にかかっていました。
私は心のなかで「きっと、特効隊員のみなさんに気持ちが通じたんだ♪」と思わずにはいられませんでした。
世代を超え、時代を超え、私たちの「この日本をよくしたい」という思いが虹よって繋がった気がしました。
ありがとうございます。
明日、9日は長崎の原爆慰霊の日です。
電車の関係で原爆投下の時間には間に合いませんが、車内より祈らせていただきます。
Posted by 白くま at 04:51│Comments(0)